降参することは、真実の自覚を取り戻すことです



先日は、奇跡のコースシェア会を開催しました。



皆さんの実践状態をシェアして下さったり、消えるための自我の、誤った信念をシェアして下さいました。



そして、私自身も、兄弟が何を発言しても聖霊と共に完璧なスピリットとして真に見るという機会をいただいています。



そして、改めて外側は、私の心の選択を映し出す鏡なのだと実感しています。



ですから、外側の状況や兄弟を分析する必要もコントロールする必要もなく…



私の心が、自我と同一化して「分離感(罪悪感)」を保持し続けているのか



心の選択を聖霊に明け渡して、聖霊と共に真に見ているのか



聖霊のさせたいことのみを聴き、従うことが出来ているのか



と2つの選択肢のどちらを、心の中で選択しているのかに気付くことが大切です。




すると、自我は分離維持を続けたいので、何とか内側に向かせないために、外側のみに原因がある様に見せたい



外側に幸せがある様に見せたいという欲求を認識します。




ですから、この自我の分離維持の欲求・抵抗を認識することがとても大切で、それを認識することが出来るからこそ、「私」でどうにかしようとする(コントロールする)ことに降参することが出来ます。




そして、降参することこそが、聖霊に心を明け渡すことになるのです。



ある1人の兄弟が、瞑想の時にイエスに抱き締められ愛されているビジョンが降りてきたときに、とても恐れを感じ、実は真の愛を強烈に恐れていることに気付きました…とシェアして下さいました。




私自身も、その真の愛をとても恐れているという認識は何度もあり、



自我は消滅すること…又は分離が『無』であったと種明かしされることを、強烈に恐れているのだと認識しています。




それは、自分自身がワクワクして影を妄想し、常に在った光が差し、その影という妄想が無かった事に気付く様な感覚です。




そして、1人では自我の誘惑に同一化し、消えるべきための闇を心の奥深くに沈め隠すことが出来ますが、



兄弟とシェアすることで、心の中に沈んで隠し持っていた「分離感(罪悪感)」が光の共へと消えていくことを実感しています。




本当に、共に目覚めを助け合える仲間に出会えたこと



聖霊がそのご縁に導いて下さっていることに、感謝でしかありません。




いつも、完璧な導きを有難うございます。



愛して下さり有難うございます。


奇跡を生きる ~Love&Light ~

目覚めを目的として、奇跡のコースやアドヴァイタの実践を通して私から目覚めてゆきます。